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NAOKO WATANABE

8,000m峰14座制覇は通過点。渡邊直子が語る“未来は可能性に溢れている”という子供たちへのメッセージ。

2022.03.11

Photo:Shinsaku Yasujima / Text:Takashi Sakurai

8,000m峰は世界で14座ある。そのすべてを登頂したアジア人女性はまだいない。そんな偉大な記録にあと一歩というところまで迫っているのが渡邊直子さんだ。職業はプロの登山家、ではなく看護師さん。遠征費も自腹という、彼女の言うところの“普通の人”が、14座を制覇することで伝えたい、子供たちへのメッセージ。

山をきっかけに挑戦する喜びを知る。

登山を好きになったのはいつぐらいの時なんですか?

渡邊

3歳くらいから、母の勧めで森でのサバイバルキャンプなんかには参加していたんですが、本格的に登山というものを意識したのは小学校4年生の時ですね。日本の子供たちと、アジアの子供たちが一緒になっていろんな国を冒険するという活動をしている団体があって、その企画で中国の無人島に行ってサバイバル体験をしたんです。

聞いているだけでワクワクします。

渡邊

そうですね。それがすごく楽しい経験で、その年の冬には、八ヶ岳に登るという企画にも参加しました。

早い冬山デビューですね……。八ヶ岳のどのあたりだったんですか?

渡邊

私は小学4年生で最年少だったんで、硫黄岳しか登らせてもらえなくて。でも6年生の子たちは赤岳に登ってました。その時に「私だって登れるのに」ってすごく悔しくて、直談判して、帰りは高学年の子たちと一緒に行動させてもらえるようにしました。

けっこう積極的な性格だったんですね。

渡邊

いや、引っ込み思案な子供でした。でも負けず嫌いな面はすごくあったんだと思います。

そこから本格的に登山に夢中になっていくわけですね?

渡邊

日本の山は子供の頃が一番登っていましたね。さっき話した団体で登山の企画があれば片っ端から参加していました。穂高とか鳥取の大山とかも子供の頃に終わらせています(笑)。

すごい……。海外の山に目が行き始めたのはいつぐらいですか?

渡邊

中学1年生の時に、パキスタンの4,700mくらいの山に登ったのがきっかけです。テレビ取材も入るような大きな企画で、行く前から低酸素室で訓練をしたり、かなり本格的でした。

みるみるレベルアップしていますが、そのモチベーションはどこから?

渡邊

自分が山に強いということには気付いていたんです。山だったら男の子にも負けないし、年上の人とも対等。すごく大人しい子供だったんですが、自分の中に、「これなら負けない」という絶対的な自信みたいなものに気付かせてくれたのが山だったんですね。あとは、何週間もかけて登るので、みんなで生活している感じが楽しかったんです。

合宿感?

渡邊

そうですね。楽しいことだけではなく、いろんなハプニングもあるし、日常では味わえない喜怒哀楽があるんです。

それが中学1年生。8,000m峰登山についてもいろいろ聞きたいんですが、前段の部分がすでにすごい……。その後は?

渡邊

ちょっと空いたりするんですが、高校の時にもパキスタンの山に行って、大学1年生からヒマラヤ山脈のほうに行くようになりました。その時に5,000m級の山に登ったのが、本格的な遠征登山の始まりですね。

海外の遠征登山はお金もかかると思いますが、どうしてたんですか?

渡邊

もちろん自腹です。大学に入ってからは、遠征費はすべて自分で工面してました。バイトをしてお金をためて、それを遠征に当てるって感じです。スポンサーもいないですし、そういう発想すらなかったですね。

14座制覇を達成することで伝えたいこと。

8,000m峰に初めて登ったのはいつだったんですか?

渡邊

看護大学の2年生の時に登ったチョ・オユー(8,188m)ですね。

その後は、看護師をしながら登山を続け、18回も8,000m峰に挑戦して、エベレストを含む8,000m峰8座に登頂しています。経歴にも日本人女性初がズラリと並んでいますね。

渡邊

気付いたらそうなっていたという感じなんです。2013年にエベレストに登頂したときには、14座制覇なんてまったく意識してませんでした。ただ8,000m峰に登るのが楽しかったから続けていた感じです。

8,000m峰って、何が特別なんですか?

渡邊

私にとっては登っている期間が長いということが一番の魅力です。これは子供の頃から変わらないんですが、長い期間さまざまな国の人と家族のように生活することが楽しい。登頂よりもむしろその現地での暮らしのために行くという感じです。これは高所登山ならではですし、だから逆に日帰り登山とかにはまったく興味がないんです。あとは、死ぬか死なないか、というところでやるのも面白いですね。

いま、怖いことをサラッと言いました……。やっぱり危ない経験もあるんですよね。

渡邊

いっぱいあります(笑)。なかでも一番やばかったのはナンガ・パルバット(8,126m)という山の7,200mくらいの地点で、テント、寝袋、食糧、ガスがない状況で3日間。

えぇっ!?

渡邊

あの時は、本当に死ぬ〜って思いましたね。

また、軽く言いますね……。

渡邊

日常生活では自分の死は身近にないですよね。あったとしても考えたりはしない。でも高所登山ではそれを意識せざるを得ない。それは特別な体験だと自分は思っています。あとは、私は高所に強いので、男性も追い抜いていけることもおもしろいんです。私まだまだ平気〜みたいな(笑)。

自分の強さ再確認(笑)。いま14座制覇まであと6座というところまで来ていますが、今後はどういう風に登って行く予定なんですか?

渡邊

今年は春にローツェ(8,516m)を2ヶ月間で登って、その後残るパキスタンの4座を2ヶ月間で登る予定です。そして最後はシシャパンマ(8,027m)ですね。

え? じゃあ今年で14座達成しちゃう予定なんですね?

渡邊

そうです。高度順応がいらないので、一気に行っちゃいます。でも、それだといろいろと経費がかさむので、今回の登山に関してはスポンサーも募って、クラウドファンディングもやって資金調達しています。

今年一気に登る理由はあるんですか?

渡邊

実はライバルが迫ってきていて(笑)。8,000m峰14座登頂ってアジア人女性ではまだ誰も達成していないんです。当初は別に競争とかしているつもりもなかったんですが、最近はお金にモノを言わせて、ガンガン登っているVIPが増えてきたんです(笑)。王族とか社長令嬢とか。私は20年かけてここまでやって来たので、そういうVIPに負けちゃうのはちょっと悔しいぞと(笑)。だって向こうはシェルパを7人とか雇うんですよ。

殿様スタイルですね。たしかにお金をガンガンにつぎ込めば、だいぶハードルは下がりますよね。

渡邊

記録、というものにそこまで強い意識があるわけではないんですが、簡単にお金で解決されるのは、やっぱり納得いかないんですよね。だから一気にやってやろうじゃないかと。

14座制覇はものすごいことだと思うんですが、達成した後って、次の目標などはあるんですか?

渡邊

14座制覇はあくまでも通過点というか目標のひとつです。だから終わったとしてもまたなにかに挑戦したくなるんじゃないかなとは思っています。それは無酸素での14座制覇かもしれませんし、まだ誰もやったことがない14座すべてに2度登頂することかもしれません。

また同じ山に行くんですか!?

渡邊

可能性はすごくあります。上手に写真を撮れていないところとかもあるんで。

まるで八ヶ岳に登るような感覚で言うところがやっぱりぶっ飛んでますね(笑)。最後に渡邊さんが、ご自身の活動を通じて伝えたいことがあれば教えてください。

渡邊

自分は子供の頃にたくさん面白い経験をさせてもらってきたし、それによって性格もガラッと変わりました。引っ込み思案でイジメられたこともある自分が、山を登ることで強くなった。チャレンジすることに抵抗のない人間になったし、ユニークな人生を歩めています。だから、たくさんの子供たちに私と同じような経験をしてもらいたいという気持ちは強いです。将来は、子供たちを連れてのヒマラヤツアーとかもしたいですね。山は怖くて難しいというイメージを持っている人は多いかもしれませんが、それと同時に、強烈な経験をすることで日常の些細な悩みとかを吹っ飛ばしてくれる場所でもあるんです。いまは初心者でもヒマラヤ登山ができる時代になっています。だからもっと気軽に来て欲しいと思うし、イメージを変えたい。そういう活動をしていきたいと思っています。

子供たちに自分と同じような経験をしてもらいたいと。

渡邊

私自身、親のすすめで始めることになった登山ですが、いまでは本当に感謝しています。小さな頃から海外の山に行っていたことで「なんでここの国の人はみんな同じ服を着ているんだろう」とか、疑問を持って常に考えるようになりましたし、山ですから当然失敗の経験もたくさんします。そういう時に「これじゃダメだったから、次はこうしよう」とか、自分で考えて解決する力も養われると思います。子供の頃からそういう感性だったり考え方を学ぶ場として、海外の山というのはすごく良いんですよ。14座制覇も、それを達成することが目的というよりは「プロ登山家でもない、ごく普通の私ができたんだから、みんなできるよ」ということを子供たちに伝えて、自分たちの可能性に気付いてもらいたいという気持ちが強いです。

MOUNTAINEER&NURSE

渡邊直子

2006年チョー・オユー(8,188m)、2013年エベレスト(8,848m)、2014年マカルー(8,463m)、2016年、2019年マナスル(8,163m)、2018年K2(8,611m)、2019年カンチェンジュンガ(8,586m)とアンナプルナI峰(8,091m)、2021年ダウラギリ(8,167m)に登頂。数々の日本人女性初となる記録も樹立。現在はフリーの看護師として働きつつ、8,000m峰に通う。14座制覇まであと6座で、今年成功すれば、アジア人女性初となる可能性が高い。

Instagram:@naokowatanabe8848(https://www.instagram.com/naokowatanabe8848/
https://naoko-watanabe.com

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