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川崎大助『スタイルなのかカウンシル』

第二十回:デザイン・オブジェクトとしての文庫本

2022.11.30

Text & Photo : Daisuke Kawasaki

ビームスが発行する文芸カルチャー誌 IN THE CITY で好評だった連載が復活。「音楽誌には絶対に載らない」音楽の話、その周辺の話など

もしかしたら一生涯、読むことはない、のかもしれない。しかしつい買ってしまう文庫本というものが、僕にはある。なかでも古本の、とくにプレミア価格も付いていない、どちらかというと「どれでも100円」のワゴンのなかに投げ込まれているような――そんななかに、なにかしらの出会いを感じては、購入して、持ち帰るものがある。

単行本では、それはあまりない。写真集や画集でも、まず起こりはしない(つまり、読んだり見たりする前提でしか、買わない)。ただ「文庫本に対して」のみ、その症状は生じるのだ。理由について自分なりに分析してみたところ、最近気づいたのは「デザインのせい」ではないか、ということだった。文字が詰まって、それが「小説」を成しているような文庫本のみに特有のパッケージ・デザインというものがあって、たぶん僕のなかには、それらに対する、なにがしかのフェティッシュな感興装置があるようなのだ。

たとえば僕は、梶山季之の『と金紳士』シリーズなどをいくつか買ったけれども、まだ一冊も読んではいない。古書店で装丁に惹かれて、その場にあるだけ買ってしまった(が、とても安かった)。色と欲、野望に燃えた男、権力者と政商との確執、その抗争の狭間で翻弄される「夜の蝶」、産業スパイかもしれない悪女、バンドでいえばドクター・フィールグッドみたいな商店街の洋品屋で揃えたが如きスーツを着たヤクザか総会屋が暗躍して――といった要素が幾重にもからみあったストーリーなのかなあ、と、表紙を眺めては想像をめぐらせている。装丁は辰巳四郎さんだった。

そしてこれは、僕の思い込みなのだが、この「梶山シリーズ」の装丁は、片岡義男さん著作の角川文庫の、いわゆる「赤背」シリーズ、なかでも写真2段組時代のそれに、影響を受けていたのではないか、という気がするのだ。逆かもしれない。同じ角川だし、発行時期も70年代終盤から80年代初頭と近い。それで写真を上下2段組で、書名と著者名を横書きなのだから。ゴシック体と明朝体の違いはあるのだけれども、いわゆる「しのぎを削っていた」状態だったのではないか。文庫本という「デザイン・オブジェクト」として。

これらはもちろん全部読んでいる

以前に片岡さんにお聞きしたところによると、彼の「赤背2段組」装丁フォーマットを考案したのは、あの石岡瑛子さんだったそうだ。のちにコッポラの『ドラキュラ』でアカデミー賞衣装デザイン賞を受賞する石岡さんは、70年代にはパルコの広告や角川書店の雑誌デザインや単行本装丁で活躍されていた。そんななか、洒脱にして前進的なこのフォーマットが生まれたのだという。だから一見「色と欲」そのほかとは相通じないような気もするのだが、写真部分に女性がフィーチャーされると、途端に雰囲気が近くなる(と僕は感じる)。

『ボビー』の写真モデルは三好礼子さんだ

文庫本の判型とは、日本語の構造によって規定されたものだ。縦書きに文字を入れて、左から右へとページを繰っていく。だから右綴じとなる。通常は小型(A6判)の軽装本(ソフトカヴァー)であり、「使い捨てされる」ことを前提にして製作されたものだ。ゆえに廉価にて流通させられる。英語圏のペーパーバックと、発想としてはかなり近い。そして英語ならば横書きだから左綴じであり、そこからペーパーバックの判型が生まれた。正直、カヴァー・デザインをする対象としては、形状として、あっちのほうがあつかいやすいのかもしれない。が、しかし「そこをなんとかする」のが、日本語世界の住人というものだ。英語圏にて生まれ発展してきたロック音楽を「なんとか、日本語の歌詞で」と努力した先人たちと同様の刻苦が、少なくともこの時代の文庫本装丁者の胸のうちにはあったのではないか、と僕は想像する。それが作家の熱量を受け止め得たものの正体だったのではないか、とも。

文庫ではないのだが、昨年発売された自分の単行本、『僕と魚のブルーズ 評伝フィッシュマンズ』のカヴァー・デザインについて僕が希望したのは「片岡さんの『赤背2段組』へのオマージュ」と「アメリカン・ニューシネマに影響された日本映画」だったろうか。それらを汲んでいただいた、川名潤さんと五十嵐ユミさんによる装丁がこちらだ。(色と欲は置いといて)洒脱と前進を意識していたつもりの時代、90年代の記憶の再話には、こんな海と空、そして車体のブルーがふさわしかったのだと、本になったあとに僕は気づかされた。

次回もお楽しみに!

川崎大助

かわさき・だいすけ。作家。その前は雑誌『米国音楽』編集長ほか。おもな著書に長篇小説『東京フールズゴールド』、評伝『僕と魚のブルーズ 評伝フィッシュマンズ』、翻訳書に『フレディ・マーキュリー 写真のなかの人生』など。光文社新書「教養としてのロック」シリーズ(『名曲ベスト100』『名盤ベスト100』)の最新作として、パンク・ロックの連載を開始。Yahoo!ニュース個人オーサー。

「教養としてのパンク・ロック」
https://shinsho.kobunsha.com/m/mc6097c127658
Twitter:@dsk_kawasaki(https://twitter.com/dsk_kawasaki

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TOKYO CULTUART by BEAMSが2017年まで展開していた文芸カルチャー誌『IN THE CITY』。短篇小説やエッセイ、詩など、「文字による芸術」と、それに呼応した写真やイラストレーションなどを掲載したもので、これはそのWEB版になります。