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堀口麻由美『カルチャー徒然日記』

第十三回:デヴィッド・ボウイについて私が気づいた二、三の事柄

2022.12.07

Text & Photo:Mayumi Horiguchi

そこらじゅうに拡がるボウイのアート遺伝子に驚愕

11月8日・TOHOシネマズ 日比谷 スクリーン4 IMAXレーザーにて行われたジャパンプレミア時に撮影。

故デヴィッド・ボウイの遺族が初めて公認したドキュメンタリー映画『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム』。すでに日本以外の国では2022年9月16日に劇場公開され、Blu-rayやDVDもリリースされている。残念なことに、ここ日本では2023年3月24日まで劇場で観ることはできないのだが、2回だけ特別上映された。

まずは歴史的な皆既月食の真っ最中、11月8日にTOHOシネマズ 日比谷にて「IMAX映画祭 in 日比谷」の一部として上映。もうひとつは、11月10日、「PARCO音楽映画祭」時に渋谷のシネクイントにて上映されたのだが、幸運にもこの2回とも観ることができた。そして鑑賞後に、ボウイに関する諸々について否応なしに考えさせられた。

11月8日・TOHOシネマズ 日比谷 スクリーン4 IMAXレーザーに入る直前に撮影。

こちらは11月10日・渋谷シネクイントにて撮影。

映画の直接的な感想に関しては、まだ公式公開前なので今回は控えておくことにして、ここでは、「ボウイについて私が気づいた二、三の事柄」について書き連ねてみよう。

まず本題に入る前に、ひとこと言っておく。この映画を、いわゆる "普通" の「ドキュメンタリー映画」だと思って観るのは、やめた方がいい。「何も新しくない」と文句をつけている英語圏の人物によるAmazonレビューを読んだが、たしかにそういう意味では既視感がたっぷりな映像満載だし、そんな意見が当たり前のように出てくることは、逆によくわかる。

だが、この映画の恐ろしいところは「体験型アート」になっている点だ。おそらくこの映画を一番効果的に楽しむ方法は、IMAXが導入された映画館で、音と映像により展開される「デヴィッド・ボウイの世界」に100%没入することだろう。家や携帯端末などで配信映画を楽しむこととは別の、「没入体験」こそが重要視される映画なのだ。

TOHOシネマズ 日比谷のスクリーン4 IMAXレーザー体験は、確かに素晴らしいものだった!

2017年1月8日から4月9日までの約3か月間、東京・天王洲の寺田倉庫G1ビルにて開催されたボウイの大回顧展『DAVID BOWIE is』は、訪れた人ならわかると思うが、こちらも「没入体験」に重きをおいた構成となっていた。ボウイ選りすぐりの様々な所蔵品を観ることが、デヴィッド・ボウイという宇宙を理解するのに大変役立ったが、映画『ムーンエイジ・デイドリーム』も、この展覧会とは別の方法で、その役割を担うものといえよう。まずその点を理解していないと、前述のレビュアーのような文句を言いたくなる代物かもしれない。

渋谷のシネクイントでは、爆音上映で知られるboidの音響調整チームが、耳ではなく身体全体で音を聴き、感じることを目指し調整を担当したという『boidsound』で上映。これも良かった!

とにかく、映画『ムーンエイジ・デイドリーム』と大回顧展『DAVID BOWIE is』の両方から見えてくるのは、デヴィッド・ボウイとは、いわゆる「ミュージシャン」という範疇には収まりきらない人物だということだ。真の意味での「マルチ・アーティスト」と呼ぶに相応しい存在、それがボウイだ。

彼にとって重要なのは、日常とは切り離された形で、自己表現をすることだ。だから、「僕のことを分かって! 理解して!!」というタイプの、他人から認められたいから、そのための「手段」としてのみ音楽をやっているような「承認欲求」が強い人では、全く、ない。だが、自分自身が芸術を極めたいという思いは人一倍強く、とことんまで己を追い詰め、追求する。そのための形態として「芝居」が重要で、それゆえに様々な「ペルソナ(仮面)」を使い分けたのだろう。ボウイがドイツの劇作家ブレヒトを好んでいたことは有名だが、ブレヒトが提唱した「異化効果」を実践しまくり、「デヴィッド・ボウイというアーティスト」を異常に見せて、きわだたせた。ブレヒトは社会を変革するという点を重要視したため、俳優に、役柄に同化せず、常に距離をとって批判的であることを要求したそうだが、「ボウイという演出家」もまた、「役者ボウイ」に同じことを要求したのだろう。それが見事に成功したため、ボウイのアート活動は、世界の変革とも結びついてしまった。そしてだからこそ、凄まじいアーティストとして名前を残したのだということに、映画鑑賞後、否応なしに、また気付かされた。

幼い頃から漫画を愛読してきたが、70年代の少女漫画には、よく西洋のロックミュージシャンが登場していた。その中でもボウイは、最も引用され、サンプリングされた人物といえよう。個人的には、赤い髪をしたバイセクシャルのロックスター「ジギー・スターダスト」と、「シン・ホワイト・デューク」という2つのペルソナ時のボウイをモデルにしたキャラクター群が、特に印象に残っている。例えば一条ゆかりの『ときめきのシルバー・スター』に登場する映画スターのディ・ギルバートや、木原敏江の『摩利と新吾』に出てくる設楽星男など、脇役でいい味を出しているキャラなどをよく覚えている。ちなみに2人ともゲイ(だとはっきりと、あるいは、かなりそうだと匂わされている)。そんな感じで、ボウイの存在は「漫画」にまで反映、浸透し、私のような漫画読みの脳内にも侵入してきた。そして月日は流れ、日本の「腐女子」&「YAOI(やおい)」はカルチャーとして全世界へと伝搬した。挙句、鬼畜系海外アニメ『サウスパーク』に「YAOI(やおい)」が登場するまでになった。こうなった原因(?!)の一因として、ボウイという存在が間違いなくあった。なぜなら、70年代少女漫画で展開された美少年とその周辺を描いた世界がなければ、のちの「やおい」は生まれていなかっただろうから。

個人的には、そもそもボウイのことは「まぁまぁ好き」ぐらいだとみなしていた。結婚を考えるほど好きだった(もちろん勝手に)と言うアメリカ人の友達などに比べると、全然好きじゃないな~とか思っていたのだが、ボウイの死後、その存在の偉大さと、様々な形で残された芸術的な足跡に多大な影響を受けていることを知り、愕然とした。そして今回『ムーンエイジ・デイドリーム』を観て、またそのことを再認識した次第である。

『ゴールデンカムイ』 第14巻の表紙を飾っているのが土方歳三。似てますか?!

ちなみに、野田サトルの『ゴールデンカムイ』公式Twitterによると、漫画に登場する新選組 "鬼の副長" 土方歳三は、作者曰く「デヴィッド・ボウイを意識して」描いているそうだ。言われてみれば、晩年のボウイにちょっと似ているかも。2019年5月23日から8月26日にかけて、日本のマンガをテーマにした展覧会「The Citi exhibition Manga」が、英ロンドンの大英博物館にて開催された。同展は国外で開催されたマンガの展覧会として史上最大規模のものだったが、その顔となる「看板」に使用されたのは『ゴールデンカムイ』のヒロイン、アシリパだった。ほら、ついにはそんなところにまで繋がってしまったボウイーーきっとあの世で、ほくそ笑んでいるに違いない。

11月8日・TOHOシネマズ 日比谷 スクリーン4 IMAXレーザーにて行われたジャパンプレミア時に撮影。

〈デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム : 映画.com 作品情報〉
https://eiga.com/movie/97926/

〈文中に登場する漫画・関連サイト(試し読みあり)〉

・ときめきのシルバー・スター(一条ゆかり・著) - マンガペディア
https://mangapedia.com/ときめきのシルバー・スター-a1cf20qhu

・摩利と新吾(木原敏江・著) - マンガペディア
https://mangapedia.com/摩利と新吾-r1skyb6zh

・ゴールデンカムイ(野田サトル・著)公式サイト - 週刊ヤングジャンプ
https://youngjump.jp/goldenkamuy/


次回は1月4日、毎月第1水曜日更新です。お楽しみに!

堀口麻由美

ほりぐち・まゆみ。Jill of all Trades 〈Producer / Editor / Writer / PR / Translator etc. 〉『IN THE CITY』編集長。雑誌『米国音楽』共同創刊&発行人。The Drops初代Vo.

Instagram:@mayumi_horigucci

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TOKYO CULTUART by BEAMSが2017年まで展開していた文芸カルチャー誌『IN THE CITY』。短篇小説やエッセイ、詩など、「文字による芸術」と、それに呼応した写真やイラストレーションなどを掲載したもので、これはそのWEB版になります。