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IN THE CITY DIGITAL

片岡義男『ドーナツを聴く』

第二十四回:ラジオを忘れてはいけない

2022.12.14

Text & Photo:Yoshio Kataoka

ビームスが発行する文芸カルチャー誌 IN THE CITY で好評だった連載が復活。片岡義男が買って、撮って、考えた「ドーナツ盤(=7インチ・シングル)」との付き合いかた

一時間の番組が中波にあったかどうか。三十分番組ならいくらでもあった。さらに短い十五分の番組も多かった。シングル盤はこの中波の番組と相性のいい道具だった。「このへんで一曲かけましょう」とか、「このあたりで歌をひとつ聴きませんか」などと喋り役の男が言って調整室に合図をすれば、かねて用意のシングル盤が、ターンテーブルの上で回転を始め、番組のなかにはたちまち、その一曲が満ちるのだった。僕が最初に喋り役をひとりで務めた中波の十五分番組でも、シングル盤は便利だった。十五分のなかで四枚のシングル盤のA面を、電波に乗せたのではなかったか。

「なにかひとくさり喋ってください。時間は三分九秒あります」というようなことを、ガラスの向こうのディレクターに言われることも、たまにあった。「六秒、あまってます。なにか喋れますか」と言われたことを、いまでも記憶している。「一、二、三、と時計の針は動いています」と喋ったのも、記憶している。あまっている時間が三分九秒なら、シングル盤一枚あればことは足りた、僕が無理して喋ることはないのだ。もっともこの番組はFMの深夜放送だったから、一曲だけかけるにしても、LPのなかからふさわしい時間のものを、選ぶ必要があった。

いまから六十年ほど前のことになるだろうか。主としてアメリカで発売されたシングル盤レコードについて、情報がほとんど無かった時代には、しばしば聴いているラジオの番組で放送されることは、そのレコードを自分も購入するかどうかを決める、重要なきっかけだった。購入することをラジオを聴いているあいだに決めたなら、曲名とアーティストの名を書き留めた紙片を持って、次の日、レコード店へいったのではないか。その番組で放送された時間を、当時の英語では、エアー・タイムなどと言っていた。

今回の十枚で一時間番組は作れるだろうか。十枚で三十分として、少し足りない。あと二枚か三枚、シングル盤が必要だ。二枚あればいい。五人のグループ一枚に、ひとりで歌ってるのを一枚。女性がいいかな。

次回は1月11日、毎月第2水曜日更新です。お楽しみに!

片岡義男

かたおか・よしお。作家、写真家。1960年代より活躍。『スローなブギにしてくれ』『ぼくはプレスリーが大好き』『ロンサム・カウボーイ』『日本語の外へ』など著作多数。近著に短編小説集『これでいくほかないのよ』(亜紀書房)がある。

https://kataokayoshio.com

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TOKYO CULTUART by BEAMSが2017年まで展開していた文芸カルチャー誌『IN THE CITY』。短篇小説やエッセイ、詩など、「文字による芸術」と、それに呼応した写真やイラストレーションなどを掲載したもので、これはそのWEB版になります。