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IN THE CITY DIGITAL

最果タヒ『MANGA ÷ POEM』

連載 第三回:繊細さ÷秘密

2021.12.15

Text:Tahi Saihate / Illustration:Haruna Kawai

ビームスが発行する文芸カルチャー誌 IN THE CITY でも大好評だった詩人・最果タヒの新連載が登場。好きな「漫画」を、詩人の言葉で見渡すエッセイ

 繊細さを持つことは恥ずかしいことだと思ってしまう。実際はそんなことはないのだけど、少しのきっかけで泣いてしまうこと、忘れればいいようなことをいつまでも反芻して繰り返し傷つくこと、なんのためにもならないとわかっているのに手放すことができない自分の繊細さに、恥ずかしくなる、間違っていると叫びたくなるようなことはある。誰にも知られたくはない、強く見せたいとかそういうことではなくて、傷口は裸より裸だし、繊細であることは、服を脱ぐことより恥ずかしいと思うのだ。裸そのものを恥じているわけじゃない、自分の正直な部分だ、否定したいわけじゃない。ただ、自分だけのものであるはずの「自分」が他人の目に触れることを嫌だと思う。親しくないからとか、心の壁があるとかではなくて、私は私だけのものだし、それは当たり前のことだ、その事実を守りたい。と、それだけ。相手が誰であろうと、私にしかわからない私がちゃんとずっといてほしいのだ。
 だから、人前で泣かなくなる。だから、人前で傷ついても平気そうな顔をする。強がりというのではなくて、そうやって振る舞うことが、私の生きる権利だと思っている。

 人が傷つく物語を見るのはだからあまり好きではなく、それは傷つくこと自体が美しいこととして描かれるからかもしれないし、その傷が物語の流れにおいて必要で、成長や改心といった結果をもたらすように見せられるからかもしれない。傷そのものに必然性やカタルシスがもたらされる時、私はとても怖くなる。ひどい出来事の全てに理由がある、負った傷に物語的な価値がある、そういうものを繰り返し見ると、傷つきを共有してと言う人、心をさらけ出してと言う人が見ている幻が少し理解できてしまう。
 自分の中に封じ込め、誰にも見せずに置いてきた傷は、私に何ももたらさず、私を多分さほど変えてもおらず、ただ小さくなってきた傷からたまに血がこぼれている。理由のない傷はいけないのでしょうか?いまだに理由など見当たらない、ただただ「つらく感じた出来事」のまま終わったことはたくさんある。でも私は自分の傷や繊細さ全てを、第三者に認めてほしいわけではないのだ。私は自分の繊細さに触れると嫌気がさす。その嫌気を覆してほしいわけじゃない、そうだよね、心があるってめんどくさいよねと言ってくれる人がいないことの方が本当は苦しい。傷つくことが物語にとっても、むしろ邪魔なものであってほしい、非合理的でなんの価値もないものであってほしい、それらが物語の流れを時に堰き止め、そのこと自体がけれど美しくあるといい。秘密。私は清水玲子さんの『秘密』が好き。感傷的という言葉だけでは語れないような、傷口にしか植えられない花を育てて、見せられているような、美しくて美しくてけれどどんな傷口よりその傷を生々しく、「そのまま」に感じる物語。

 人が傷つくこと、人が侮辱されること、人が誇りを失うこと、人が正気を失うこと、トラウマ。ここでは、全てが事実として描かれる、そうした感情自体が「尊重されるべき美術品」なのではなく、徹底して「事実」として。煩わしい脳のノイズとして。その冷静さがけれど、確実な手つきでレースを編んでいくように美しい物語を作る。私は、ここにある人の傷が好き。トラウマが好き。残虐性が好き。恐ろしい出来事が好き。全て好き。それらが、すこしも根っこからは賛美されていないから。少しも「それらには全て理由がある」なんて思っていないから。人の心が「動いてしまう」ことの、居心地の悪さがどこまでも貫かれて、それが物語の中にある効果的なノイズとなる。だから、落ち着く。それらに翻弄され支離滅裂になってしまう人たちに、私は体温を見出していく。彼らの気持ちがわたしの体を借りて、心臓に宿るようだ。彼らが現実を生きているとそこで思う。物語はフィクションでも、彼らは「現実」を生きていると思う。心がノイズである現実。その感触が物語の面白さと美しさに直結していることが、私はたまらないと感じるのです。
 現実を踏みしめて歩く時、誰にも見せていない私も、私の中で確実に生きている。心はノイズです。それを知っている物語にある繊細さだけが、私の愛する繊細さです。



・清水玲子 - 白泉社『秘密』公式HP
https://melody-web.com/sakuhin/?id=9



次回は1月19日、毎月第3水曜日更新です。お楽しみに!

最果タヒ

さいはてたひ。詩人。はじめて買ってもらった漫画は『らんま1/2』。初めて自分で買った漫画は『トーマの心臓』。最新詩集は『夜景座生まれ』。エッセイ集『神様の友達の友達の友達はぼく』と短編集『パパララレレルル』が最近出ました。

http://tahi.jp/

イラストレーション by カワイ ハルナ 
Instagram:@haruna_kawai

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TOKYO CULTUART by BEAMSが2017年まで展開していた文芸カルチャー誌『IN THE CITY』。短篇小説やエッセイ、詩など、「文字による芸術」と、それに呼応した写真やイラストレーションなどを掲載したもので、これはそのWEB版になります。