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IN THE CITY DIGITAL

片岡義男『ドーナツを聴く』

第十七回:十枚のシングル盤がここにある

2022.05.11

Text & Photo:Yoshio Kataoka

ビームスが発行する文芸カルチャー誌 IN THE CITY で好評だった連載が復活。片岡義男が買って、撮って、考えた「ドーナツ盤(=7インチ・シングル)」との付き合いかた

小宮恵子。金田星雄。西田佐知子。三沢あけみ。吉永小百合。橋幸夫。和田弘とマヒナ・スターズ。神楽坂とき子。坂本九。梶光夫。吉永小百合。吉永小百合。大下八郎。名前を列挙してみると、こうなる。吉永小百合のシングル盤が三枚ある。こうしたのではなく、偶然にこうなった。流通していた量が多かったからだろう、といまの僕は思う。

鍵括弧は面倒だし、読むにあたっては邪魔なだけだろうから、省略するとして、歌の題名をならべると、以下のようになる。

幸せを掴んじゃおう。武蔵野夜曲。エリカの花散るとき。灯りを消して。私も流れの渡り鳥。東京一番淋しいわたし。若い東京の屋根の下。夜のブルース。男ならやってみな。女ひとり旅。夢を育てよう。明日があるさ。黒髪。あゝ純愛。伊豆の踊子。花だより。光る海。こんにちわ二十才。おんなの宿。親なしとんぼ。

ならべると面白い。ならべることによって見えてくるものがあるからだ。いったい、なにが、見えてくるのか。神楽坂とき子の『女ひとり旅』と、大下八郎の『おんなの宿』は似ている、と僕は感じる。くらべてみようか。どちらも女性の歌だ。このことは題名が示しているとおりだ。失恋した女性がひとりで温泉に来ているところまで、似ている。「君と別れてうつろになって、山のいで湯に来たわたし」と、『女ひとり旅』は、歌詞の冒頭で明らかにしている。『おんなの宿』の歌詞に、次のような部分がある。「伊豆の夜雨を湯舟で聞けば、明日の別れがつらくなる」

『おんなの宿』の女性は、まだ彼と別れてはいないようだ。彼の到着を待つあいだ、彼女はひとりで湯に入った。彼との別れは今夜だ。明日の朝にはすでに別れているはずだから、朝食の箸が重く感じるはずだ、と彼女は言っている。『女ひとり旅』の女性は、すでに男性と別れたあと、ひとりで「山のいで湯」に来ている。恋に破れたのち、ひとりで山の温泉にきて湯舟に体をひたしている状態を「三昧」と彼女は表現している。「谷の夕霧、湯のけむり。この三昧だけが知っている。女ひとりの悲しみを」

歌詞の三番について、僕の意見を述べておこう。「落葉一枚、湯船に浮かべ」というところはいい。「まぶた閉じれば湧く涙」の、「涙」だけが余計だ。涙はいらない。この涙が、ぜんたいに対して、抑制をかけている。抑制はかけない。かけてはいけない、と僕は思う。「欲しくはないの、夢なんか」という部分はこれでいいか。「どうせ裏目に決まってる」というひと言はたいそういい。このひと言を生かしきるためには、抑制などまったく必要ではない。


次回は6月8日、毎月第2水曜日更新です。お楽しみに!

片岡義男

かたおか・よしお。作家、写真家。1960年代より活躍。『スローなブギにしてくれ』『ぼくはプレスリーが大好き』『ロンサム・カウボーイ』『日本語の外へ』など著作多数。近著に短編小説集『これでいくほかないのよ』(亜紀書房)がある。

https://kataokayoshio.com

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TOKYO CULTUART by BEAMSが2017年まで展開していた文芸カルチャー誌『IN THE CITY』。短篇小説やエッセイ、詩など、「文字による芸術」と、それに呼応した写真やイラストレーションなどを掲載したもので、これはそのWEB版になります。