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堀口麻由美『カルチャー徒然日記』

第七回:映画『シェイン 世界が愛する厄介者のうた』

2022.06.01

Text:Mayumi Horiguchi

愛すべき破滅型人間シェイン・マガウアン その崇高な魂を探る旅

© The Gift Film Limited 2020

シェイン・マガウアンは英国のロックバンド、ザ・ポーグス(The Pogues)の中心人物だ。出生地はイングランドで、民族としてはアイルランド人である。そしてポーグスといえば、パンクに伝統的なケルト音楽の要素を持ち込んだ「ケルティック・パンク」(または「アイリッシュ・パンク」)の代表格として知られている。この映画は、そんなシェイン・マガウアンの人となりを追った最新ドキュメンタリーだ。

© The Gift Film Limited 2020

映画はとにかく、シェインの「アイルランド」へのこだわりを様々な角度から表しており、想いの深さを理解しまくれる。元セックス・ピストルズのボーカリストであるジョン・ライドンの自伝タイトル「Rotten: No Irish, No Blacks, No Dogs」(ロットン:アイルランド人、黒人、犬はお断り)からも窺い知れるとおり、階級社会でもある英国におけるアイルランド人の地位は低い。米国でも、特に南北戦争以前などは差別がすさまじかったらしいが、その後もアイルランド系カトリック教徒の労働者の地位は低い。アイルランド人は白人であるにもかかわらず差別を受けやすく、「白い黒人」と呼ばれる存在なのだ。英国の歴史&英ロック史に通じている人なら、アイルランド共和軍(IRA)による爆弾テロが80年代~90年代に多発したことを覚えているだろう。特に、1996年6月15日のIRAによるマンチェスター爆破事件は凄まじかった。第二次世界大戦以来、英国本土が受けた爆撃としては最大で、車爆弾でマンチェスターの街の中心部が吹き飛んだのだが、そんな事件を起こしているにもかかわらず、IRAは「唾棄すべき完璧な悪」などでは決してない。支持する層はたくさんいるのだ。筆者が80年代後半にロックステディ系のライブを観るためにロンドン市内のパブに行った際、そこで話しかけられた男はアイルランド系だったのだが、初めて会ったにもかかわらず、スカ・バンドへの愛からはじまった話は逸れていき、ついには「大きな声では言えないが、IRAの行動は理解できる」と語った。シェインもまさしくその男のような感じで、映画の中でIRAへの支持を表明している。そして、常に哀しい歴史がまとわりついて離れない国であることも多大に関係しているのだろう。アイルランドといえば、秀逸な文学と詩、音楽が生まれた場所でもある。

© The Gift Film Limited 2020

そのように、シェインとアイルランド、アイルランドという国が生み出した芸術、「アイルランド人ディアスポラ」を大きな軸として、シェイン・マガウアンという稀代の破滅型アーティストの人生が、本人へのインタビュー、監督のジュリアン・テンプルが所有するアーカイブ映像、米作家ハンター・S・トンプソンとのコラボで知られるイラストレーター、ラルフ・ステッドマンによるアニメーションを交えて展開されていくのが、このドキュメンタリー映画のキモである。アーカイブ映像には、シェインがセックス・ピストルズのライブで踊り狂う動画や、パンク、ニューウェーブ、ニューロマンティック(またはニューロマンティックス)な出立ちでキメた当時の若者たちの映像などが含まれており、音楽史的にも興味深い。この「ならでは」なコラージュ手法は、いかにも『セックス・ピストルズ/グレート・ロックンロール・スウィンドル』(79)を撮った映画監督ならでは。楽しく鑑賞させてもらった。

© The Gift Film Limited 2020

本作の製作を務めたのは、シェインの30年来の友人だという俳優のジョニー・デップ。劇中では、シェインへのインタビューアーとして登場してもいる。ちなみにデップといえば元妻アンバー・ハードとの裁判沙汰が全世界の注目を集めているが、彼についてもシェイン同様、アル中&ヤク中だという話題が常に湧いて出てきて、時にゴシップとして話題を集めている。そんな彼だからなのか、シェインへ向ける眼差しは終始、ひたすらにあたたかく、そこに無償の愛すら感じるほどだ。監督のテンプルは、「シェインの映画を撮ることは容易ではない」と語っていたそうで、デップを皮切りに、インタビューアーとして登場するのは妻やミュージシャン友達、家族などで、音楽ジャーナリストといったプロは排除されている。そんなところからも、シェインという人間が抱える複雑さが垣間見えてくる。

© The Gift Film Limited 2020

その人生の大半を通じて、どうしようもないほどのアル中&ヤク中であるシェイン。「もういい加減にしないと逝ってしまうよ! やめなよ!!」と偉そうに注意したくなってくるが、恐ろしいことに、その根底には深い信仰心と高い知性も見え隠れしている。そして、まさしく芸術家としか言いようがない魂の崇高さゆえ、彼の音楽を愛してしまうのだと、この映画を見て、再認識させられた。

© The Gift Film Limited 2020

© The Gift Film Limited 2020

12月25日が誕生日のシェイン・マガウアン、彼は間違いなく、神に愛されている。音楽と文学、詩を愛する人、すべてに観て欲しい――この愛すべき男の、破天荒としか言いようがない人生を。

©️ NATIONAL CONCERT HALL, DUBLIN

©️ NATIONAL CONCERT HALL, DUBLIN

作中に登場する主な楽曲
★「ニューヨークの夢(Fairytale of New York)」
★「ボーイズ・フロム・カウンティ・ヘル(Boys from the County Hell)」
★「キティ(Kitty)
★「ワクシーズ・ダーグル(Waxie's Dargle)」
★「ストリームス・オブ・ウィスキー(Streams of Whiskey)」
★「ダーク・ストリーツ・オブ・ロンドン(Dark Streets of London)」
★「回想のロンドン(The Sick Bed of Cuchulainn)」
★「ブラウン・アイの男(A Pair of Brown Eyes)」
★「ダーティ・オールド・タウン(Dirty Old Town)」
★「堕ちた天使(If I Should Fall from Grace with God)」
★「フィエスタ(Fiesta)」
★「バーミンガム・シックス(Birmingham Six)」
★「夏の日のシャム(Summer In Siam)」


映画『シェイン 世界が愛する厄介者のうた』
公開日:6月3日(金)、渋谷CINE QUINTOほか全国順次公開

製作:ジョニー・デップ
監督:ジュリアン・テンプル
出演:シェイン・マガウアン、ジョニー・デップ、ボビー・ギレスピー、モーリス・マガウアン、シヴォーン・マガウアン、ヴィクトリア・メアリー・クラーク、ジェリー・アダムズ、ボノ他

2020年/アメリカ・イギリス・アイルランド/英語/130分/1.85ビスタ/カラー/5.1ch 英題:Crock of Gold: A Few Rounds with Shane MacGowan/日本語字幕:髙内朝子/字幕監修:ピーター・バラカン R18
© The Gift Film Limited 2020
配給:ロングライド
公式サイト:https://longride.jp/shane/

次回は7月6日、毎月第1水曜日更新です。お楽しみに!

堀口麻由美

ほりぐち・まゆみ。Jill of all Trades 〈Producer / Editor / Writer / PR / Translator etc. 〉『IN THE CITY』編集長。雑誌『米国音楽』共同創刊&発行人。The Drops初代Vo.

Instagram:@mayumi_horigucci

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TOKYO CULTUART by BEAMSが2017年まで展開していた文芸カルチャー誌『IN THE CITY』。短篇小説やエッセイ、詩など、「文字による芸術」と、それに呼応した写真やイラストレーションなどを掲載したもので、これはそのWEB版になります。