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Cultural Apartments produced by BE AT TOKYO
第7回ゲスト:髙島屋ウィメンズディレクター 長尾悦美
© 2020 BE AT TOKYO.
BEAT CAST
Rintaro
2021.05.21
何も音楽を流していないのに、「ビー」という音がスピーカーから聴こえてくることが稀にある。謎の音の正体、それは電気信号だ。スピーカーに繋がれているプレイヤー、ミキサー、アンプなどの機材がなんらかの原因で電気信号をキャッチし、それが音となって出てくる。モジュラーシンセサイザーは、そうした電気信号を意図的につくりあげ、好きな音色に加工して音を発する“楽器”だ。これが今、ジワりジワりとカルチャーとして発展を遂げているらしい。そのシーンの国内における第一人者が、数人のスタッフと共に「Clockface Modular(クロックフェイス・モジュラー)」を運営するRintaroさん。脱サラをしてまで、モジュラーシンセサイザーのショップを開いた彼に、シーンのこれまでとこれからについて聞いた。
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モジュラーシンセサイザーは主にテクノやハウス、アンビエントなどの音楽に使われているイメージがあります。
Rintaro
そうですね、そうしたジャンルで使われることが多いです。あとはノイズや、カテゴライズ不能な即興音楽とか。でも、ヒップホップでも使っている人はいるし、最近だとバンドのユニコーンの音にもモジュラーシンセが使われていました。海外ではいろんなバンドが使ってますね、有名なところだとCOLD PLAYとか。
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シンセサイザーと聞くと、どうしても鍵盤がついた楽器を想像する人も少なくないと思うんです。でも、モジュラーシンセサイザーにはそうした鍵盤は見当たらず、無数のツマミとコードばかりです。
Rintaro
みなさんがイメージする鍵盤がついたシンセサイザーはモジュラーシンセの進化の果て。元々はこうしたモジュラーシンセの方が先にあったんですよ。
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どうして鍵盤がつくようになったんですか?
Rintaro
単純に使いやすくするためですね。60年代後半くらいからニューヨークの「Moog(モーグ)」というメーカーが鍵盤をつけて、シンセサイザーを扱いやすくしたんです。それで市民権を得て、シンセサイザーといえばこうした鍵盤付きの楽器を連想するのが一般的になりました。でも、同年代のカリフォルニアには「Buchla(ブックラ)」というメーカーがあって、モジュラーシンセにタッチプレート型のコントローラーをつけたりして、電子回路そのものが持つ特性を生かした楽器づくりをしていたんです。案の定全然売れなかったし、マイナーな存在なんですけど、結構やばいシンセで、それに影響を受けている人たちが少ないながらいて、カルト的な人気を誇っていたんですよ。
ー
「Buchla」はオルタナティブな存在のメーカーだったんですね。
Rintaro
創設者のブックラさん自身が元々アーティストであり、NASAでも働く技術者だったりして、変わった人物なんです。当時のカリフォルニアといえばサイケデリックカルチャーど真ん中で、「Buchla」はそう言った環境から生まれたメーカーですね。今人気のあるモジュラーメーカーは「Moog」以上に「Buchla」的な設計思想に影響を受けながらシンセをつくってますね。
ー
でも、ずっとメインストリームにはいなかったわけですよね。それがどうしてここ最近になって盛り上がりを見せるようになったんでしょうか?
Rintaro
そのきっかけをつくったのが「DOEPFER(ドイプファー)」というメーカーで、モジュラーシンセの規格をつくったんです。それが20年以上前のこと。それまでは各メーカーで異なる大きさだったから、別メーカーのモジュール同士をつなげることはあまりなかったんです。「ドイプファー」が自分たちのモジュラーの仕様を公開したことで、そこに追随していろんなメーカーが同じ仕様でモジュラーシンセをつくるようになって、すごく使いやすくなったんです。それが「ユーロラック」という名前のサイズや電源の仕様なんですけど。従来のモジュラーよりサイズがコンパクトなのも人気が出た原因でしょう。
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同じメーカー同士ではなく、異なるメーカーでも容易に繋げられるようになって、より使いやすくなったと同時に、表現の自由度が増したと。
Rintaro
そうです。それをみんなが新鮮に感じて、こぞって使いはじめたというのがここ10年の話ですね。
ー
そもそもどうやって音が鳴っているのか、パッと見ただけではわからないので、教えてください。
Rintaro
モジュラーシンセではモジュールごとに個別の役割があるんです。電気信号を素材に音をつくるものや、その音を加工して別の音色に変えるもの、そして音にリズムをつけたりするものなど、本当にさまざま。簡単に言うと、それらを組み合わせて自分の音楽をつくるのがモジュラーシンセサイザーですね。
ー
つまりは、ひとつだけでは完結しないと。だからこれだけ組み合わさっているわけですね。
Rintaro
そうそう、それぞれにちゃんと役割があるんですよ。だからひとつのメーカーだけじゃ完結しないし、メーカー毎に得意分野があるので、それらを組み合わせて音をつくるんです。いわゆるガレージメーカーも増えていて、おもしろいところが多いですね。それこそ自宅で20個くらいつくって、それを掲示板で売るみたいなところからスタートしているメーカーもあったりして。
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プレイヤーはある程度「こういう音を出したい」とイメージして機材を組んでいるんですか?
Rintaro
知識があればそれも可能ですが、はじめからそうするのは難しいですね。自分もそうでしたが、トライ&エラーが必要です。ゼロから音をつくるから、何が起きているか把握していないと自分好みの音はつくれません。
ー
Rintaroさんはも元々サラリーマンで、二足の草鞋を履きながら「Clockface Modular」をスタートしたそうですね。
Rintaro
そうなんです。「Clockface Modular」をはじめた1年は完全に二足の草鞋で、その1年間でなんとか感触を得て脱サラしました。元々は金融系の会社に勤めていて、研究職みたいなポジションにいました。学生の頃は物理を学んでいて、金融の研究もその技術や知識を応用できるんです。あとはローカルでずっとDJをしてますね。
ー
モジュラーシンセサイザーは電気信号を頭に描きながら音を組み立てていきますよね。なんとなくですが、そうした理系の知識が役に立ちそうですね。
Rintaro
物理や数学が好きだったのは大きいですね。自分で言うのもなんですが、小学生の頃から勉強は結構できたんです。でもいたずらばかりしている子供だったので、先生からの印象はめちゃくちゃ悪いみたいな(笑)。高校生のときはずっとヒップホップを聴いていて、音楽を流しながら物理の本を読む少年で、学者を目指していたんです。
ー
でも、金融系の会社に就職したと。
Rintaro
学者の夢は捨てずに大学院までいきました。でも、周りがすごい人だらけだったんです。それで大学院を中退してサラリーマンになりました。そのときは、自分の好きなペースで音楽活動ができればいいと思っていて、音楽とバランスの取れる仕事をしようと思ったんです。でも、DJをしながら次第に自分の音楽をつくりたくなって、海外のサイトで機材を調べていて、そこで見つけたのがモジュラーシンセでした。ルックスに惹かれていろいろ調べてたんですけど、なにやら難しそうだなというところでそのときは止まっていて。
ー
なるほど。実際に触れたりはしなかったんですか?
Rintaro
その後、ベルリンへ新婚旅行へ行ったときにはじめて触りました。ベルリンってテクノやハウスが盛んな街じゃないですか。それでモジュラーショップも良いお店があって、入って触ってみたら、やっぱすげぇなって(笑)。それでさらに詳しく調べるようになりました。基本的にモジュラーシンセ界隈はインターネット社会なので、ネット上にそのコミュニティがあって、分からないことはみんなそこで教えてくれるんです。それでどんどんハマっていきましたね。
ー
その当時はまだ、日本では盛り上がってなかったんですね。
Rintaro
そうですね。まだ発展途上というか、いくつか仕入れているお店こそありましたが、品揃えの面で充分とは言えませんでしたし、周りに説明してもポカーンとされるばかりでした(笑)。でも、自分はその魅力にやられてしまって、半年経ったくらいからお店をやりたいと思うようなりました。誰かに先を越されるくらいなら自分でやっちゃおうと。それでメーカーにメールで問い合わせたんですよ、「取り扱いたい」って。それが2013年のことですね。メーカーもすごくフランクで返事が早いし、やりとりもスムーズで、はじめの1年は自宅にストックを抱えながら運営していました。それでなんとなく感触を得られて。そこから脱サラして、きちんと事務所を設けてやっているという感じです。
ー
脱サラするのに不安はなかったですか?
Rintaro
将来性は信じて疑わなかったですね。その確信だけはなぜかありました。先ほどもお話したように、モジュラーシンセのロジックって理系っぽいんですよ。加えて自分がそうした言語を理解しやすかったというのと、人に説明するのが得意だと思ったんです。そもそも音楽好きだし、ウェブサイトのプログラミングも多少はできるだろうから、もしかしたら自分に向いた仕事なのかもしれないな、と。そうすれば、他にお店ができても自分の強みを活かしてビジネスができるんじゃないかと思ったんです。
ー
「Clockface Modular」のサイトを拝見すると、すごく親切に商品の説明をされていたのが印象的でした。メーカー側の説明というよりも、お店の言葉で丁寧に伝えていますよね。
Rintaro
それは意識してやってます。それにシーンが発展してきたとはいえ、日本語で得られる情報も少ないので。
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先ほど小さな規模のメーカーが多いと話されていましたが、そうしたガレージメーカーでもシーンに参入できるというのは、文化としての純度がすごく高いと思うんです。一方で、大手はあまり参入しないんですか?
Rintaro
参入するんですけど、結構多くのメーカーが失敗しちゃうんですよ。極端にデカイものをつくったりして、ユーザーのニーズを掴むのが苦手なんです。どういうジャックをつけるか、どういうノブをつけるかというのが大事で、要はインターフェイスのデザインと使い勝手が重要。いくらいい音が出たとしても、使いにくかったり分かりづらかったら響きません。そのセンスがものすごく問われるんです。そういうのはやっぱり専業でやっているメーカーのほうが強いですし、ユーザー側もブランドで選ばないというか、ちゃんと見て選んでますね。だから本当にニッチな業界なんです。
ー
モジュラーシンセサイザーを触っていて、どんなところが楽しいんですか?
Rintaro
すごくダイレクトな感じというか、ジャックを挿せば音が出るっていうシンプルなところ。そしてそこからケーブルをパッチングして組み合わせていくことで、どこまでも深く広くいけるところ。そうやって自分だけのオリジナルの音をつくっていくのが楽しいんです。それに仕入れる側にもいることもあり、いろんなメーカーから情報が入って来るんですが、「あっ、こんなこともできるようになったんだ!」と思える瞬間が何度もあって。その度に新しいアイデアに出会って頭が刺激される。それがむちゃくちゃ楽しいですね(笑)。
ー
ご自身でメーカーを立ち上げようとは思わないですか?
Rintaro
それをやっていく技術力が自分にはないですね。技術者と組んで、自分がセールスをやるならできるかもしれませんが。つくるよりも、目利きとしてやる方が僕は楽しめます。だからメーカーにはフィードバックをよくするんです。コミュニティの距離が近いから、デザイナーと直で話せので、それがおもしろいところでもありますね。
ー
シーンの盛り上がりと比例して、メーカーの数なども増えているんですか?
Rintaro
5年ほど前までは増えているって断言できましたが、ここ最近はもう飽和状態で、もしかしたら減ってきているのかもしれません。プレイヤー人口は増えていますけどね。相当頑張らないとメーカーとしては目立てない状態になっているかもしれません。
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そんな中でもRintaroさんが注目しているメーカー、おすすめのメーカーはありますか?
Rintaro
2つあるんですが、ひとつはアメリカの「MAKE NOISE(メイクノイズ)」。ここはルックスも変わっていて、ロゴやデザインがかっこいいし、さっき言った「Buchla」という、それまで目立つことのなかった実験的なモジュラーシンセを新しく解釈し直したようなモジュールをリリースしています。「ユーロラック」が10年くらい前から盛り上がり出したのはここのメーカーの功績が大きいんです。世界的にも人気がありますね。
Rintaro
もうひとつは「Mutable Instruments(ミュータブル・インストゥルメンツ)」というフランスのメーカーで、エンジニアがひとりでやっているんです。一番人気のメーカーのひとつなんですが、何がおもしろいかというと、モジュラーの回路やプログラムをすべてオープンソースライセンスで公開しているんです。つまり、それを見れば誰でも同じものを作って売れてしまうってこと。そうしたことで逆に有名になっちゃって(笑)。ありとあらゆるところで同じものがつくられているっていう。
ー
レシピを公開することによって、もっとおいしい料理をつくる人が出てくるかもしれないということですか?
Rintaro
そういうクリエイティブな改善や機能追加を期待して本人はオープンソースにしてたんですけど、結果的に元祖のコピーやコンパクト版を作って売っているだけのことが多くて。でも、これで勉強ができたっていう人はたくさんいると思います。そういう意味でもオープンソースにした意味はかなり大きいはずです。
ー
シーン全体を見渡しても、過度に商業的なメーカーは少なそうですね。
Rintaro
そうですね、どこもきちんと中身のあることをしています。どのメーカーも正直に商売をしていて、そこが好きなところでもあります。すごくオープンですし、ノウハウのシェアをどこも積極的にしている。とにかく情報のシェアが盛んなんです。
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日本のガレージメーカーはまだ少ないですか?
Rintaro
「Hikari Instruments」というメーカーは開店すぐくらいから取り扱いしています。最近うちのスタッフが「TOKYO TAPE MUSIC CENTER」というブランドをやっていたり、あと数メーカーくらいですね。でも、いきなり新しいところが出てきてもおかしくないほど盛り上がりは感じています。新しい技術というか、アイデアも世界中で生まれているし、確実に進歩はしているんですけど、ただ機能が詰め込まれても、今度はそれを扱う人間のほうも上手に使いこなすのが大変になります。それをサポートするために、インターフェイスのデザインが大事ということなんです。
ー
Rintaroさんがお客さんに対してレクチャーをしたりなどすることはあるんですか?
Rintaro
メールでいただいた質問に関してはきちんとお返事しています。あとは幡ヶ谷の「フォレストリミット」というスペースで「Clockface Modular」のショールームを開催していた時期があります。それから年に一度「東京モジュラーフェスティバル」というモジュラーファンには有名な催しにも出展していて、そこでお客さんと直接交流する機会を設けています。お客さんの声は素直にもっと聞きたいと思っているので、もっと増やしたいですね。今後は予約制で事務所にも来てもらえるようにしたいと考えています。
ー
当然ビジネスとして成立させることも前提条件だと思うんですが、Rintaroさん自身は、シンプルに楽しいからやっている部分もあるように感じます。
Rintaro
それはそうですね。僕は性格的に顔に出ちゃうタイプなんですよ。つまらないものをずっと続けていられない。だからこそ、逆に脆いなぁと感じる部分もあるんです。「モジュラーシンセに飽きたらどうしよう」って。まぁ、しばらくはその心配はないでしょうけど。深みがある楽器なので。
ー
その深みというのは、音を発明する可能性ということですよね?
Rintaro
そうです。ポッシビリティみたいなことはよく言われます。逆に可能性がありすぎて、もっと制約がある中で音楽を楽しみたいという人も中にはいます。それはその通りなので、モジュラーを組む時にあれもこれもと取り入れすぎないようにした方がいいと思います。
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想像力次第でいろんな広がりを感じられると思います。
Rintaro
インスピレーションを感じるときが好きですね。僕は手法ありきの音楽はあまり得意ではないので、モジュラーシンセに関しては、そうならないと思ってやっています。
ー
今後について聞きたいんですが、これからやろうとしていることはありますか?
Rintaro
今まで楽器店で働いてきたわけでもないのに、ここまでできていることに感謝しないといけないと思ってます。だから、まずはこの状況をキープできるように今まで通り地道に頑張りたいです。それと、先ほど話したようにお客さんと直接交流できるような機会をもっと増やしたいですね。
ー
プレイヤー人口が増える余地みたいなものを感じることはありますか?
Rintaro
それは正直分からないです。ただ、海外にはそうした可能性を感じます。とくにアジア圏。そうした人たちに向けて何かできたらいいなとは漠然と思っています。モジュラーシンセは楽器を弾けない人でも音が出せるので、そうした人にこの魅力を伝えたいとは常日頃から考えているんです。
ー
子供に触らせたら面白そうですよね。
Rintaro
そうなんですよ。大人とは違う発想でいじれるので。自分の子供もたまにここに来ていじりながら遊んでるんですけど、楽しそうですよ。子供向けのワークショップとかやったらおもしろいかもしれないですね。
ー
そうした子供を見て、親も一緒になって遊んでいるうちに、お父さん、お母さんが逆にハマってしまうケースもありそうです。
Rintaro
あるかもしれませんね。それと、モジュラーシンセは配線しながら理解を深める楽器なので、プログラミングの教育とかとも相性がいいと思うんです。シンセサイザーは電圧を使ったアナログコンピュータだから、そうした世界と接点が持てたらもっと発展するかもしれないですね。
ー
今まで交わりのなかった人たちとの接点を増やすことで、より一層広がっていくと。
Rintaro
こうした変わったハードウェアは、逆にこれから流行るような気もするんです。所有できる喜びというか、特別なものとして置いておきたい感覚もあるので。だから、とにかくいろんな人に触って欲しい。その入り口は常に開いておきたいですね。
Clockface Modular Owner
Rintaro
東京を拠点にDJとして活動をスタート。2014年よりモジュラーシンセサイザーの専門店「Clockface Modular」をオープン。近年はミュージシャン及びDJとして活躍するSatoshi Tomiie氏とのモジュラーシンセによるジャムセッションから生まれたコラボレート作品『Insommiaque(Abstract Architecture)』、『YoY08(YoY)』等のEPをレコードにてリリース。
Instagram:@_r_i_n_t_a_r_o_
Instagram:@clockfacetokyo
https://clockfacemodular.com/
次の東京を創造していく表現者にスポットを当てたインタビューコンテンツ。