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Cultural Apartments produced by BE AT TOKYO
第8回ゲスト:お笑い芸人 やついいちろう(エレキコミック)
© 2020 BE AT TOKYO.
BEAT CAST
YUKA MITSUI
2021.05.28
葛飾北斎の「冨嶽三十六景」や歌川広重の「東海道五拾三次」など、日本人なら誰もが一度は浮世絵を目にしたことがあるだろう。だが、浮世絵が「日本特有の技法が凝縮された木版画」であり、「絵師」「彫師」「摺師」をはじめとする複数の職人たちによってこの伝統文化が支えられているとを知っている人は、どれだけいるだろうか。 「UKIYO-E PROJECT」の三井悠加は、「“今”を描いた絵」という浮世絵の本質に着目し、現代のスターであるKISSやデヴィッド・ボウイらをモチーフにした新しい浮世絵を制作し、国内外の展示会で発表し続けている。というのも、浮世絵の「浮世」には「今」「現代」という意味があり、江戸時代や明治時代当時の歌舞伎役者や、人気スポットが描かれていたから。つまり、「冨嶽三十六景」や「東海道五拾三次」は、写真や動画を撮る技術がなかった時代にメディアとして用いられ、当時の観光名所を人々に伝える役割を担っていたという。 三井の活動は、“今”を反映しながら日本の伝統文化を継承し、さらには消滅しかけている職人の仕事の創出へとつながっているのだ。
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浮世絵に関する活動をしている、と聞くと、つい「絵を描いているのかな」と想像してしまいます。でも、三井さんの肩書きは職人ではなく、ディレクター。三井さんの活動内容について教えていただけますか。
三井
私が手掛けているのは、浮世絵の企画・制作・販売です。浮世絵は木版画なので、原画を描く「絵師」、原画をもとに版木を彫る「彫師」、その版木を使って色を重ねていく「摺師(すりし)」、さらに、作品をプロデュースする「版元」の4人がいてはじめて完成します。私の立ち位置は、そのうちの版元にあたります。過去にKISSやデヴィッド・ボウイとコラボレーションして浮世絵を制作したときを例にすると、まず、どんなアーティストとのコラボ浮世絵を制作するか? その企画を考え、各アーティストのエージェントやライセンサーと肖像権やグッズなどの権利に関する交渉をし、それから職人さんたちへ制作の依頼をします。完成後は展示会や販売の機会を設けるところまでが私たちの活動内容です。
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30歳を過ぎてから「UKIYO-E PROJECT」を始めたそうですが、それまではどのような活動をしていたんですか?
三井
高校卒業後、職人さんになることに憧れてジュエリーの専門学校に入ったんです。そこでは、彫金を学びました。学校に通いながら、渋谷にあったシルバーアクセサリーのお店で販売のアルバイトをするうちに、お店のオリジナルアクセサリーのデザインを任せてもらえるようになったんです。自分がデザインした作品がタイの工場で製造され、店頭に並んでって、いきなり夢が叶ってしまった。若かったし、当時は、「これで一生食べていく!」と思い込んでいました(笑)。
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シルバーアクセサリーと浮世絵、ジャンルはまったく違うけど、職人の手仕事という部分が、三井さんのなかでつながっているんですね。
三井
そうなんです。元々職人さんへの憧れがあったし、さらに、自分が彫金の技術を学んだからこそ、後に浮世絵の木版を見たときに「こんなに細かく彫ることができるんだ」と感動したんですよね。ただ、浮世絵についてきちんと勉強を始めたのは30歳前後から。それまでは、美術展で眺める程度でした。
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浮世絵に興味をもったきっかけは、どんなことだったんですか?
三井
専門学校を卒業したらシルバーアクセサリーのデザイナーになると決めていた矢先、父が営む芸能プロダクションに大きな仕事が入り、急に人手が足りなくなってしまったんです。というのも、父の事務所の所属アーティストである夏川りみさんの紅白歌合戦初出場が決まって。父がスカウトしてきて歌手になった経緯もあり、りみさんとは姉妹同然で育った間柄でした。だから、誰に頼まれたわけでもないけど、父の仕事を手伝わないと! と思い込んでしまったんですね。そこで、シルバーアクセサリーの道から離れ、父の会社に就職。現場で衣装にアイロンをかけたり、写真を撮ってホームページにアップしたりと、アーティストの身の回りのあらゆる作業をするようになりました。
担当していた業務のひとつに、アーティストのグッズの企画・制作もありました。その業務のなかで、あるとき、「浮世絵で何かつくりませんか」と提案してくださった方がいたんです。これが、浮世絵を意識するようになった最初の出来事。話を聞くうちに、初めて浮世絵が木版画だと知ったんです。それくらい、当時は浮世絵に関する知識がなかった。あらためて浮世絵をよくよく見てみると、とても細かくて繊細な線がたくさん彫ってあることに気づき、「木版でこんなに細い線を出せるんだ!」って感動したんです。すぐに浮世絵が仕事につながったわけではなかったけれど、この時をきっかけに、展示を見に行くようになったり、浮世絵に興味を持つようになりました。
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すぐには浮世絵が仕事につながらなかったなかで、どんなことがきっかけで浮世絵と深く関わるようになったんですか?
三井
きっかけは、ロサンゼルスに留学していたときに、海外の人たちから「浮世絵には日本のいい部分がつまっているね」と言われたことだったんです。
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ロサンゼルスに留学! 何歳のときだったんですか?
三井
29歳でした。留学の目的は、ロサンゼルスでエンタメビジネスを学ぶこと。20歳頃からエンタメの現場にどっぷり浸かって働いてはいたけれど、エンタメビジネスがどのように回っているのかよくわかっていなかったんですね。だから、一度きちんと学んでみたいと思っていた。でも、当時は日本にそれを学べる学校がなくて。29歳のときに「今、留学しないと一生できない!」と思い、渡米。ただ、そのときはほとんど英語を話せなかったので、昼は語学学校で英語を勉強し、夜にエンタメビジネスを学ぶスクールに通っていました。
あるとき、語学学校の授業で「母国の文化を紹介する」というテーマで発表する機会があったんです。サウジアラビア人がコーヒーを紹介したり、ブラジル人はサンバカーニバルの話をしたりしていたなかで、私が取り上げたのは浮世絵。「浮世絵は、絵師、彫師、摺師が分業しながら何ヶ月もかけて制作していく」と私が説明すると、予想以上に教室が盛り上がったんです。「浮世絵は、日本人の良さが詰まっている」と。詳しく感想を聞くと「分業体制にはハーモニー(調和)を大事にする日本人の精神が反映されているし、細かい作業を続ける忍耐力も日本人ならではの性質だ」と。言われてみればそうだな、と思いました。
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日本人では気付けなかった浮世絵の魅力を、海外の人が発見してくれたんですね。
三井
はい。19世紀後半にヨーロッパの芸術家たちの間で日本の美術や工芸が注目され、ジャポニズムが起こったのも、こういうことだったんだな、と納得しました。そのときに「やっぱり浮世絵を制作するべきだ」と強く思い、かつて私にビジネスの相談をしてくれた版元さんにロスから電話したんです。「浮世絵を海外に持っていったら、もっと面白くなるんじゃないですか」と。
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留学中に、国際電話で版元さんに伝えるほどの勢いで(笑)。
三井
はい(笑)。しかも、版元さんから「じゃあ、何か企画して」って言われて(笑)。当時、その版元さんが制作していたのは、歌川広重の「江戸名所百景」に日本のアニメキャラクターを書き加えてアレンジしていたものなど、過去の名作の復刻版コラボでした。だから、アメリカだったらスパイダーマンを加えてアレンジした復刻版を作ると面白いかな、というのが最初のアイデアでした。
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そこから、どのようにしてアーティストとコラボレーションしてオリジナル版を作ることへとつながっていたんですか?
三井
ビジネスとして本格的に動き出そうとしていた時期に、職人さんとお話をする機会があったんです。すると、職人さんが「過去の作品の復刻は彫師と摺師には仕事がまわるけど、絵師には仕事が発生しない。仕事がたくさんあるわけではないから、保存はできるけど継承は難しい」と教えてくれたんですね。そのときに、絵師、彫師、摺師のすべての職人さんに仕事が行き渡るようにしないと、弟子も受け入れられず職人さん自体が消滅してしまうんだ! と気がついたんです。浮世絵の文化を継承するためには、まったく新しい浮世絵を一から作り、職人さんにコンスタントに仕事を産み出す仕組みを作らないといけないと思った。だから、自分のプロジェクトでは復刻版ではなく、オリジナル版を制作することにしたんです。そもそも、浮世絵の「浮世」という言葉には「現代」「今」という意味があるんです。だから「浮世絵」を現代語訳するのと、「今を描く」という意味になる。じゃあ、現代の流行り物、スター、人気のスポットを題材にしよう、とつながっていったんです。
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KISSとの出会いは?
三井
ロス留学中にオフィスをシェアしていた会社が、KISSの音楽のライセンスを持っていたんです。KISSはもともと歌舞伎のメイクアップからインスパイアされたことでも有名でしたし、親日家だったりと浮世絵と親和性があるなと思い、その方に相談したところ、KISSのグッズの版権を持っている会社につながった。早速プレゼンをしに行くと「ワンダフル!」と、二つ返事ですぐに許可をくれて。「半年後にツアーで日本に行くから、そのタイミングに合わせてつくってください」と話が広がっていったんです。
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一本の国際電話から、とんとん拍子で話が進んでいったんですね。
三井
ところが、その直後に壁にぶつかったんです。絵師が見つからなかった。その当時で「日本全国で彫師が9人、摺師は約30人、絵師は北斎や広重の復刻版が多いため、今はわからない、と職人さんから話には聞いていたけれど、その現実を目の当たりにしました。そんな中、職人さんからの情報をもとに検索し、なんとか出会えたのが石川真澄さんという絵師さんでした。
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その後、KISSに始まり、アイアン・メイデン、デヴィット・ボウイとスターの浮世絵を発表し続け、最近では風景画も手掛けられていますが、絵師探しは常に課題でしたか?
三井
そうですね。2020年に制作した東京・佃島の風景画はポーランド人のマテウシュ・ウルバノヴィチさんという絵師の方に依頼したのですが、彼を見つけたのも、本屋でたまたま彼の著書を手に取ったのがきっかけ。日本の風景をスケッチした画集でした。浮世絵の長い歴史の中で、過去にもポール・ジャクレー、エリザベス・キース、ノエル・ヌエットといった優秀な外国人絵師の方々がいたので、その歴史に倣いぜひ、マテウシュさんにもお願いしたいなと思いコンタクトをとりました。日頃からwebやSNSを通じて、絵師を探し続けています。
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あらためて、職人さんの役割と、浮世絵の制作工程を教えてください。
三井
まず、絵師が、浮世絵の原画を描きます。その後、この原画をもとに、彫師が版木を彫っていきます。
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その次に、彫師へと仕事が流れていくんですね。
三井
はい。絵の構図や複雑さにもよりますが、絵師、彫師、摺師、いずれもだいたい2ヶ月くらいかけて作業してもらうことが多いです。
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色はどのようにして塗っていくんですか?
三井
彫師が版木を彫った後、摺師はまず、「墨摺(すみずり)」と言って彫師が絵の輪郭線だけを残し彫った主版を使い、和紙にそのアウトラインを摺っていきます。この段階でできあがるのは、塗り絵のように、黒い線だけが摺られた絵。そこから、色分けをして赤い色の部分を彫った版木、緑色の部分を彫った版木、というように、色ごとに分けて彫った版木を用いて、一枚の和紙に薄い色から順番に色を摺り重ねていきます。
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こうしてみると、一枚の浮世絵には複数の人が関わっていて、本当にたくさんの技術が用いられていることがわかりますが、三井さんはどのようにして浮世絵のことを勉強してきたのですか?
三井
2014年に「UKIYO-E PROJECT」を立ち上げたあと、国際浮世絵学会・常任理事の新藤茂先生に師事して浮世絵にまつわるあらゆることを教わるようになりました。新藤先生から「この一冊を読めば浮世絵のすべてがわかるし、他の本は読む必要がなくなる」とすすめてもらったのが、木版画家・立原位貫さんの『江戸の浮世絵に真似ぶ』という本でした。
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一冊で浮世絵のすべてがわかる、とは、辞書のような本ですね!
三井
本当に、私のバイブルです(笑)。この本、というか立原さんがすごいのは、浮世絵のすべての工程を独学で学び、お一人で浮世絵を制作していたこと。浮世絵には少なくとも3人の職人が必要、とずっと話してきましたが、立原さんはそれをすべて一人でこなしていたんです。そんな立原さんの作品や、彼が持っていた知識のすべてが載っているのが、この本なんです。紅花をもとに紅い染料を作ったり、露草(つゆくさ/青花/あおばな)から藍色を出したりという内容まで入っている。何度も読み返して、浮世絵について勉強しています。
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今後の展望や活動の目標を教えてください。
三井
新作の浮世絵をプロデュースしながら、少しでも職人さんの存続と、浮世絵の技術の継承に貢献していけたらいいなと思っています。一枚の浮世絵を制作するには、絵師、摺師、彫師のほか、浮世絵に使用される特別な和紙を漉く和紙職人や刷毛職人、馬連職人など、その背景には何人もの職人が関わっているんです。そして、そのいずれもが、今、後継者不足や仕事の枯渇に悩まされている。仕事が少ないと、お弟子さんに十分なお金を払うことができず、結局、弟子入りした方も生活が成り立たなくなって辞めざるを得なくなってしまうんですね。なので、私たちが新作浮世絵を発表することで、国内外のあらゆる人に、浮世絵の文化に触れてもらうきっかけを作れたらいいなと思っています。
UKIYO-E PROJECT FOUNDER / ARTISTIC DIRECTOR
三井悠加
1982年、東京都生まれ。高校卒業後、ジュエリーデザインの専門学校で彫金を学ぶ。卒業後の2004年、父親が代表を務める三井エージェンシーに入社。アーティストマネージメントや、コンサートグッズの企画、製作等を行う。2014年5月、三井エージェンシーインターナショナルをロサンゼルスに設立、UKIYO-E PROJECTを立ち上げる。ロックバンド・KISSやアイアンメイデン、デヴィッド・ボウイなど現代のアーティストとコラボレーションしながら、版元として活動し、「今を描いた」コンテンポラリー浮世絵を発表し続けている。
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次の東京を創造していく表現者にスポットを当てたインタビューコンテンツ。