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Shinichi Takahashi

「Human Nature」高橋心一に教わる、既存のシステムに反抗するための“美味しい”きっかけ。

2021.07.23

Photo:Shin Hamada / Text:Yuichiro Tsuji

近頃、ナチュラルワインという言葉を耳にする機会が増えた。味が美味しいのはもちろん、一般的なワインと比べて酔い方もいい。だからみんなハマるのだ。でも、そうしたナチュラルワインがつくられる背景を知ると、さらにその魅力に惹きつけられることになる。「ナチュラルワインって飲んでも悪いことが全然ないんですよね。罪悪感フリーなんです」。そう語るのは東京・兜町にある「Human Nature」のオーナー・高橋心一さん。罪悪感フリーの理由。それを知るべく、高橋さんのもとを訪ねた。

ただ自分が飲みたかったら酒販免許を取った。

「Human Nature」はナチュラルワインを扱うお店ですが、まずはじめに一般的なワインとナチュラルワインの違いを教えてください。

高橋

つくり方が全然違います。ナチュラルワインは収穫したブドウからジュースを絞って、寝かすだけなんです。それでブドウについた菌が発酵してアルコール成分や香りをつくるんですけど、その菌が元気じゃないと発酵が起きません。つまりはその菌も生き物なんです。いい畑は生態系が活き活きとしていて、小さな虫をもっと大きな虫が食べて、その大きな虫を今度は動物が食べる。そうやってちゃんと循環しているので、農薬や肥料を撒かなくてもブドウや菌が元気に育つんです。

一方で大量生産されているワインは、土に足りない養分を人工的に補って、虫が出ないように殺虫剤を撒くし、菌に元気がないから一度菌を全部殺してフラットな状態にしてから人工的に培養した菌を使って発酵させたり。味も酸味が足りないと酸っぱい成分を混ぜたり、甘さが足りなければ糖分を加えたりなど、とにかく人工的なんです。

ナチュラルワインは美味しいのはもちろんですが、悪酔いしないですし、飲んでも二日酔いになりにくいですよね。それはやはり自然につくられているからなんでしょうか。

高橋

その辺りのバイオリズムに関してはあまり詳しくないんですが、恐らくそうだと思いますね。

高橋さんがナチュラルワインを飲むようになったのはどうしてなんですか?

高橋

高校を卒業してから、ニュージーランドに長いこと住んでいて、そのときにイタリア人の男の子と仲良くなって、一緒に住むようになったんです。お互い母国に帰っても連絡を取り合っていて、1年に1回くらいはイタリアのトリノまで彼に会いに行ってました。それであるとき「ナチュラルワインって知ってる?」って言われて、飲んでみたら美味しくて。たまたまトリノにナチュラルワインを昔から扱っている酒屋さんがあったんです。それでトリノへ行ったときは、その店に通うようになって。日本に戻ってもスーパーとか普通の酒屋には置いてなかったので、通販で買って飲んでましたね。

それっていつ頃のことですか?

高橋

2006、7年くらいです。当時は今ほど値段も高くなかったし、レアなワインも普通に買えて、今とは全然違う状況でした。

情報が少ない時代だと思うんですが、その当時も日本に輸入されていたんですね。

高橋

酒屋さんにワインリストがあって、ナチュラルワインしか置いてないお店も東京で2、3件あったので、
そこで買ってました。イタリアに行ったときに飲んだワインの銘柄をメモっていたりとか、説明書きもあったのでその記憶を頼りに。あとは美味しかったワインの生産者と同じ土地でつくられているものをディグったりとかしてましたね。

「Human Nature」をはじめたのはどうしてなんですか?

高橋

毎日1本飲むとお金がすごくかかるじゃないですか。だから酒販免許を取って、業者から卸値で買うようになったのがそもそものスタートです。ただ自分が飲みたかったら免許を取ったという感じで、売ろうっていう気持ちもそこまで強くなくて。

その頃、高橋さんは何をされていたんですか?

高橋

高円寺でイタリアの障害者福祉施設でつくったグッズ類を輸入して販売していました。とはいえ、お店を持っていなかったので買いに来る人もいなくて……。

当初は売ることを意識していたわけではないんですね。

高橋

ナチュラルワインって生産本数がすごく少ないんですよ。小さなワイナリーが、小さな畑で、少人数でワインをつくっているという感じなので。だからちゃんと売って結果を出さないと、いいワインは分けてもらえないということがだんだん分かってきて、それからですね、売ることを意識しはじめたのは。青山のファーマーズマーケットに出店したりして。

その後、高円寺から中野の南台というところに引っ越して、建物の1階と2階を借りてたんです。1階がワインセラーで、2階は自分の自宅みたいな感じだったんですけど、そこに友達とかその知り合いが来て家飲みみたいなのをよくやってたんですよ。そこからだんだん買ってくれる人が増えてきました。

そして南台を経て、昨年から兜町にお店をオープンされました。

高橋

この一帯を再開発する話があったようで、まず近くに「K5」という複合施設ができました。その他にも小さなお店を誘致しようということで、お話をいただきました。南台にあった物件も取り壊しが決まったタイミングだったので、ちょうどよくお声がけいただいたという感じです(笑)。

ナチュラルワインとカウンターカルチャーの共通点。

お話を聞いていると、ニュージーランドで知り合ったイタリア人の友人の影響が大きいように思うんですが、そもそもニュージーランドに行かれたのはどうしてなんですか?

高橋

なんとなく(笑)。中学のときは真面目に勉強してたんですけど、高校に入ってからハードコアパンクがめちゃくちゃ好きになって。地元は愛知県の岡崎市なんですが、そういうシーンがすごく盛んでいいバンドがゴロゴロいて毎週末ライブに行っていたんです。それで気が付いたら受験シーズンみたいな感じで、何も準備してない、みたいな(笑)。

だけど周りにフリーターになる友達も多かったし、自分もフリーターになったけど、高校卒業して1、2ヶ月したらその生活にも飽きてしまって。そんなときに親が「ニュージーランドに行って英語でも勉強してくれば?」って言ってくれて、親戚が現地にいたので、行くことにしたんです。ひとまず向こうの高校に編入して。

行く前は半年くらいで帰ってこようと思ってたんですけど、現地の生活が楽しくて、そのまま大学にも進学しすることに。それから日本に帰ってきて、1年くらい地元で働いていたんですが、すぐに辞めてまたニュージーランドに戻って、向こうで2、3年働いていました。そのときに先ほど話したイタリア人と知り合ったんです。

高橋

Gianluca Cannizzoという名前で、うちの店のロゴや、カウンターの中で飾っているポスターとかも彼が描いてくれているんですよ。今はナチュラルワインのラベルをデザインしたり、そういう仕事をしています。先ほど障害者福祉施設でつくられたグッズを取り扱っていたと話しましたが、彼のデザイン事務所で障害者の方々が描いた絵やオブジェ、文章などを広告にしたり、プロダクト化したりしているんです。

どういうところで意気投合したんですか?

高橋

なんでなんだろ? 気が合ったというのは間違いないんですけど。彼はイタリアで知り合ったニュージーランド人の女の子を追いかけて来ていて(笑)。お互い仕事が暇だったから、とにかく毎日遊ぶようになって、最終的には一緒に住むようになりました。

イタリアでナチュラルワインの生産は盛んなんですか?

高橋

いや、あまりつくってないですね。最近は徐々に増えてきているみたいですが、もともと多いのはフランスです。うちで仕入れているのもフランス産が多いですけど、他の国のものも仕入れています。

生産者の方々にはどんな人たちがいるんですか?

高橋

親から畑を引き継いでつくっている人たちや、ソムリエやレストランで働いている人たちが新規でワイナリーをはじめたり、全然ワインと関係ない仕事をしている人たちがスタートしたケースもあったり、色々ですね。

一般的なワインに魅力を感じなくて、美味しいワインをつくるために、そうした自然的な製法を取り入れたということですか?

高橋

そういう方々も多いと思いますが、あとはカウンターカルチャーとしてつくっている人たちも多いですね。パンクとか、特にクラストパンクのシーンなんかでは、政治的思想であったり、環境問題に対して熱心に考えているんです。自分も若い頃にそうしたカルチャーの影響を受けたから、資本主義的な考え方にあまりなじめなくて。だけど、ナチュラルワインって悪いことが全然ないんですよね。罪悪感フリーなんです。地に足つけて、地球環境にも負荷をかけずにやっている。だから、そうした生き方を一貫したくてナチュラルワインをつくっていたり、ディストリビューターになっている人たちも多いんです。

高橋

このZINEはそうしたナチュラルワインのカウンターカルチャー的側面についてまとめたものです。イタリアに何度も通っているうちに、住みたいと思って1年間だけ住んでいた時期があるんですが、そのときは大学に入って食農科学を勉強していて、卒業論文を“ナチュラルワインとカウンターカルチャー”っていうテーマで書いたんですけど、それをベースにこれをつくりました。いろんなカウンターカルチャーを例に挙げて、ナチュラルワインとの共通点を伝えています。小さなワイナリーって、音楽でいうとインディーレーベルとかガレージバンドと同じなんですよ。

つまり、彼らがつくっているワインはバンドがつくっている作品のようなものであると。

高橋

そうですね。そしてその作品を卸すディストリビューターがいて、それを消費者に届けるショップもある。このジェームス・マーフィー(LCD Soundsystem)の文章にもそんなことが書いてあります。彼が昔コーチェラ(・フェスティバル)で自分が美味しいと思ったワインを売ってたんですが、そのときのインタビューを一部抜粋したものです。

「レコードショップで昔働いていたんだけど、僕が好きな音楽とワインは同じだと思ったんだ。ディストリビューターと知り合って、バンドと知り合って、その音楽を聴いて自分のテイストを育ててさ。ワインの小さいディストリビューターってFACTORY RECORDSとか4ADとかMATADORを彷彿とするし。才能を発掘して、契約を結ぶことって音楽レーベルのA&Rと同じでしょ。ワインメイカーがバンドでさ。変わり者の奴らがリスクを恐れず、作って、売って、なんとかそれで生計を立てようとするってインディーロックのバンドと同じだよ。ワインメイカーは1年に色んなワインを作るでしょ、それがアルバムで、それぞれのワインにキャラクターがあって、それが曲でさ。そんな感じの小規模のワインメイカーってガレージバンドみたいでしょ。そういうワインを作ってる奴らってパンクスみたいでワインメイカーとどうしても結びつけて考えてしまうな」
James Murphy, the frontman of LCD Soundsystem and a co-owner of Fourhorsemen” /『HERE TO STAY』より抜粋

欧米諸国は食に対してトレーサビリティを気にしたり、食育なども進んでいるような印象を受けます。

高橋

ヨーロッパは80年代にスローフードムーブメントがあったんですよ。イタリアのローマの広場にはじめてアメリカのハンバーガーチェーンが進出してきたときに、中にはすごく反対した人たちもいるみたいなんです。日本では「ハンバーガーが食べられる」って盛り上がるじゃないですか。だけどイタリアではファストフードを自分たちの食文化に入れたくないっていう想いを持った人たちもいて。それがスローフードの文化なんです。どこの国のどこの街で食べても同じ味っていうファストフードの考えとは真逆ですよね。

高橋

イタリアが共和国になったのは最近のことだし、それまでは小さな村がそれぞれ自治管理してて、その土地にある土着的な野菜や家畜を守ってきて。代わり映えはしないかもしれないけど、みんなそれに満足して、郷土料理を愛しているんです。そういう土壌があるからファストフードは反対っていう。

食べ物に対してきちんとリスペクトがあるんですね。

高橋

そうですね。例えばレストランで食事をしていても、料理人が美味しい料理をつくるのは当たり前で、つまりはその料理がつくられた背景も含めて感じたい。どんな土地で、どんな人が、どんな食材を使ってつくっているかが重要で、イタリアではそういうしたことが当たり前なんですよ。

美味しいという体験を通じて、考えるきっかけになればいい。

「Human Nature」では扱っているワインの産地や生産者のことをお客さんに伝えているんですか?

高橋

伝えるようにしていますが、それを理解してもらえるかどうかは分からないですね。正直、それを気にしたりする人や、詳しい人はやっぱり少ないです。だけどみんな美味しいワインを飲みたい気持ちは変わらないから、スーパーなど量販店に置いてあるワインはカベルネ・ソーヴィニヨンとか、シャルドネなどの有名な品種ばかりなんですよ。産地もブルゴーニュやボルドーとかがやっぱり多い。

それを飲んでおけば安心といった銘柄が多いんですね。そうしたワインの需要があるから、量販店もそれを仕入れて、メーカーは大量生産すると。

高橋

だけど、ブドウの品種は他にもたくさんあるし、土着的につくられている、いわばその土地のその環境でしか育たないブドウもたくさんあって、ナチュラルワインはそういう品種でつくられていることが多いんです。土地の個性が活きたものだから、それを楽しんでくれたらいいなと思いますね。大量生産されたワインによって珍しい品種が下火傾向になってしまいましたが、もっといろんなワインがあるんだよっていうのを知ってもらえたら嬉しいですね。

メジャーなワイン以外にもいろんな選択肢があることを伝えたいという意識を持ってお店を運営しているということですか?

高橋

「Human Nature」でナチュラルワインを売っているのは、ただ自分が好きだからであって、使命感にかられているわけではないです。好きなことを無理なく仕事にしている感じです。たくさんつくられているワインじゃないから、「これ美味しかったね」という口コミだけで市場が循環していけるし、そういうビジネスに惹かれたんです。

一般的なワインに対するカウンターではあるけど、アンチではないと。

高橋

アンチではないですね。どっちがいいとか悪いという話ではないと思うので。ワインという大きな流通システムに乗っかりながら反抗しているというか、自分たちの好きなことを広めている感覚です。

システムを動かす小さな歯車ではあるけど、その回転に変化を与えている。

高橋

そうですね。そうすることでワイン好きっていう人にもアプローチできるし、その人たちをナチュラルワイン好きにすることもできます。そうしながら自然思想や、もっと人に優しくしたほうがいいとか、そういう考えが少しづつインストールされていけばいいなと思っています。

ワインを飲んで美味しく感じるのは、ひとつの体験だと思うんです。“百聞は一見に如かず”ではないですが、そうした体験は記憶に残りやすいですし、きっかけとしてすごく効果的ですよね。

高橋

そう思います。美味しいという体験を通じて、考えるきっかけになればいいですよね。

現在、日本でもナチュラルワインがちょっとしたブームになっていると思うんですが、それはどうしてだと思いますか?

高橋

めっちゃブームですよね。昔と比べるとすごい盛り上がりを感じます。きっとマスメディアが扱ってくれるからだと思うんですけど、ようやくスポットが当たってきた印象を受けます。だからみんな飲んでみようっていう気持ちになっているんだと思います。「今、コレが売れています!」っていうのが、いちばん人々の心を掴みやすいと思うので。

ナチュラルワインがたくさん飲まれるのは純粋にいいことですよね。それによって市場が潤って、生産者たちが増えていくでしょうし。実際に今、増えているんですよ。普通の農業から有機農法に転換する畑もあったりして。ナチュラルワインの生産量は全体の5%以下でものすごく小さなマーケットなんですけど、社会に対していいメッセージを発信していると思うから、もっと広がって欲しいです。それにこれは使い捨てのトレンドにはならないと思います。ナチュラルワインを飲んで、少なからず美味しいって感じたから、みんなおかわりしているわかけですから。

例えばタピオカが一過性のブームで終わってしまったのは、多様性があまりなかったからだと思うんです。だけど先ほどお話しされていたように、ワインには多様性があって、生産者や産地はもちろん、ラベルで選ぶ楽しさがありますよね。レコードを掘るような感覚に似ているのかなと。

高橋

そうですね。ぼくらがやっているのはレコードショップみたいなもんです。わからなかったら店員さんに「こういうの好きなんですけど」って聞けばいいし。

このお店で置いてるワインはどういう基準で選んでいるんですか?

高橋

ただ単純に自分が好きなワインですね。飲んで美味しかったやつです(笑)。

これからお店をどうしていきたいなど、目標はありますか?

高橋

とくに目標ないんですよね、のらりくらりやってきたので(笑)。ワインショップって音楽聴く時間が結構あって、店番している間に買ったレコード聴いたりしているんですけど、そうやって好きなことをずっとしていたいですね。

のらりくらりと仰ってますが、好きなことを形にできていることが素晴らしいと思います。

高橋

ただラッキーなだけです。人との出会いにとても恵まれたから。

それはカウンターカルチャーなど、共鳴する部分があったから人と繋がれたのでしょうか。

高橋

そうだと思います。やっぱり自分の中でハードコアパンクとの出会いは大きいですね。その前は周りに合わせて行動していたけど、ハードコアパンクを聴くとアイデンティティみたいなものを突きつけられるんですよ。「俺は何がしたいの?」って考えさせられるというか。それでもっと誠実に生きたいなと思ったんです。イアン・マッケイがどこかで見てるかもって、未だに考えますから(笑)。

Human Nature Owner

高橋心一

愛知県岡崎市出身。ニュージランドのVictoria University of Wellingtonでメディアスタディーズを専攻。写真や映像制作の仕事を経て、イタリアへ留学しUniversity of Gastronomic Scienceで修士課程を修了。帰国後、「Human Nature」をオープンし、高円寺、中野を経て、現在は兜町にお店を構える。

Instagram:@human_natureeeee(https://www.instagram.com/human_natureeeee/

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次の東京を創造していく表現者にスポットを当てたインタビューコンテンツ。