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片岡義男『ドーナツを聴く』

第二十七回:シングル盤という雑多なもの

2023.03.08

Text & Photo:Yoshio Kataoka

ビームスが発行する文芸カルチャー誌 IN THE CITY で好評だった連載が復活。片岡義男が買って、撮って、考えた「ドーナツ盤(=7インチ・シングル)」との付き合いかた

友人の篠原恒木から二度に分けてシングル盤が届いた。合計すると五百枚はあるだろうか。彼が十代だった頃、夢中で聴いたシングル盤だという。彼が十代だった頃の後半が、シングル盤の最盛期の後半と重なっている。ラジオで放送されるかどうかが、購入するかしないかを分ける、重要な岐路だったという。当時の彼が持っていた現金では、シングル盤なら自由に買えた。LPを買うようになったのは、数年あとでした、と彼は言っている。まだ全部を見たわけではないけれど、日本におけるシングル盤の世界は確実にあった、なんでもいい、売れればそれに越したことはない、という基準が、徹底して守られている様子は、当時の価値観をそのまま反映している。

そのような雑多さのなかで、ザ・ビートルズは異色だ。四人が最後まで揃っていたのは、シングル盤の表紙のなかに、容易に確認することが出来る。このようなわかりやすさで、彼らは貫かれている。彼らの作り出す音楽も、順番に聴いていくと、じつによくわかる。よくわかるけれど、そのような音楽は誰にも予見出来ず、したがって彼らの音楽は、彼らだけのものだった。聴けばこれはザ・ビートルスだと、すぐにわかった。

ザ・ビートルズだけ別にしてみた。篠原さんが送ってくれたシングル盤から、ザ・ビートルズだけを古書ほうろうという古書店に送り、そこで値段を新たにつけてもらい、ふたたび市場に出すことを、いまの僕は考えている。

トニー・ダララの『ラ・ノヴィア』の日本語題名が『泣きぬれて』だったことを、いま僕は初めて知った。プラターズの男性四人はテナーがふたりに、バリトンとベースが一名ずつであることは、最初の頃からおなじだ。ひとりだけいる女性の名は、ゾラ・テイラーという。『マイ・ミステイク』のダイアナとマーヴィンは、ダイアナ・ロスとマーヴィン・ゲイではないか。『ワーク・ソング』と『16トン』のオスカー・ブラウン・ジュニアは、写真での姿を初めて見た。こんな人だったのか、という発見だ。ラムゼイ・ルイス・トリオの『ジ・イン・クラウド』と『ハング・オン・スルーピー』は、どちらともライヴからの収録だ。

次回は4月12日、毎月第2水曜日更新です。お楽しみに!

片岡義男

かたおか・よしお。作家、写真家。1960年代より活躍。『スローなブギにしてくれ』『ぼくはプレスリーが大好き』『ロンサム・カウボーイ』『日本語の外へ』など著作多数。近著に『僕は珈琲』(光文社)がある。
https://kataokayoshio.com

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TOKYO CULTUART by BEAMSが2017年まで展開していた文芸カルチャー誌『IN THE CITY』。短篇小説やエッセイ、詩など、「文字による芸術」と、それに呼応した写真やイラストレーションなどを掲載したもので、これはそのWEB版になります。